多くの日本企業にとってグローバル展開は不可欠となり、手段として海外企業とのクロスボーダーM&A(買収・合併・出資)が増加しています。
大企業による大型案件のみならず、グローバル展開、海外事業からの撤退、事業承継といった目的で、中・小型案件も盛んに行われています。
「M&Aは案件規模の大小に関わらずやることは変わらない」と言われますが、中型以下の案件においては以下に留意が必要です。
- 売却先や買収先探し、価値評価、デューディリジェンス、契約交渉などを、規模や特性に合わせ、限られた人材や予算で効率的に進める
- 交渉において、両当事者や関係者間の考え方や価値観が多様で衝突しやすいため、柔軟で粘り強く対応する
- 買収後の経営が想定通りに進まず、問題に円滑に対応できない場合があり、検討段階において十分に準備しておく
弊社のこれまでの経験から、中小型クロスボーダーM&Aにおける実務上の要点や留意点をご案内します。
A. 活発なクロスボーダーM&A
1.(買主側)成長戦略として海外市場を狙う企業は増加
国内市場の限界から海外市場に活路を求める傾向が強まり、大企業のみならず中堅中小企業が海外企業の買収を通じて成長を図るケースが増加しています。
買収は、既存の企業を買収することによる「時間を買う」メリットに加えて、単独での事業構築が難しい場合や、現地パートナーが必要な場合に適しています。現地で店舗を運営したい場合、現地で同じ事業を経営する同業を自社のノウハウで活用したい場合、などが挙げられます。
英語対応ができる人材が社内にいなくても、現地在住の日本人を採用するなどを通じて、買主との橋渡しをするケースもあります。
2.(売主側)戦略的選択肢としての海外事業会社の売却と事業承継
親会社の方針変更や選択と集中により海外の事業子会社を売却するケースもあります。日本で築いたビジネスモデルを海外展開し、事業化ができた段階で売却するといったケースもあります。
日本人が海外で企業した例や、日本の事業経営者が国内事業を海外に横展開した事業を、引退を機に売却するケースも多くあります。
3.(売主・買主側)中小型クロスボーダーM&Aとは
本書では、弊社が主にご支援させて頂いている、株式価値が数十億~数千万円程度までの案件を指します。数億円から数十億円の案件には、中堅企業の譲渡や、大企業の部門・子会社の売却案件、数千万円規模の案件には、店舗事業や個人事業が挙げられます。
クロスボーダーM&Aとは国境をまたぐ当事者の間で行われるM&Aで、①日本企業が海外事業を買収する案件、②日本企業が海外に持つ事業を売却する案件、③日本の事業を海外の買主に売却する案件がありますが、弊社では、主に①と②のクロスボーダー案件をご支援しております。
B. 中小型クロスボーダーM&Aの進め方
項目は国内案件や大型案件と同じですが、案件規模に対してコストが過大にならないように効率的且つ柔軟に実施する必要があります。また、相手方や対象事業が遠隔の場合、時間を要することに留意が必要です。
1. M&Aの主なステップ
(買主側)効率的に買収先候補を見つけることが重要
- 買収条件の検討 (1-2週間)
- 業界、事業、地域、規模、利益、予算など、買収対象に求める条件を検討
- 買収後どのように買収対象を経営するか、シナジーを求める場合どの内容か
- 買収先候補の調査 (1-数ヶ月)
- 既知の候補、知り合いからの紹介、外部専門家からの紹介など
- 初期検討に入るかどうかの判断 (1-2週間)
- 外部から案件が紹介される場合、匿名の状態で1頁程度の概要が提供される
- 事業の概略を見て、初期的な検討を行いたいかどうかを判断
- NDA締結 (1-2週間)
- 守秘義務契約(Non-disclosure agreement)を締結、情報パッケージを入手
- 初期検討と意向表明の提出 (1-2ヶ月)
- マネジメントインタビュー、情報パッケージ、質疑応答を通じて全体像を把握
- 詳細検討を希望する場合、意向表明(Letter of intent)で主要な買収条件を提示
- デューディリジェンス実施 (2-3ヶ月)
- 事業、法務、財務・税務などのデューディリジェンスを実施
- 条件提示
- デューディリジェンスを踏まえ、買収条件を売主に提示
- 契約書の交渉・締結 (1-2ヶ月)
- 株式譲渡契約書や資産譲渡契約書などを草案、交渉
- クロージング (1ヶ月〜)
- 入金、株券などの引き渡し
合計:最短で6ヶ月程度
(売主側)なるべく複数の候補にアプローチ
- 売却戦略の立案と準備 (1ヶ月)
- 売却対象が売却できそうな状態か、譲渡に向けて重要な瑕疵がないかを確認
- 譲渡対象の状態から、期待できる売却条件を検討
- 譲渡先候補に提供する概略資料(匿名の1ページ程度)、情報パッケージ(10-20ページ程度)を作成
- 売却先候補の調査 (1-数ヶ月)
- 望ましい売却先候補を調査検討し、リストを作成
- 既知の候補、知り合いからの紹介、外部専門家からの紹介など
- 初期的な情報提供 (1-2週間)
- 概略資料を候補に提示
- Q&A対応
- NDA締結 (1-2週間)
- 守秘義務契約を締結した候補に情報パッケージを提供
- 初期検討と意向表明の受付 (数週間-2ヶ月)
- 譲渡先候補との面談、マネジメントインタビュー、質疑応答への対応
- 譲渡先候補が意向表明を提示する場合、詳細検討に進むか検討
- デューディリジェンス実施 (2-3ヶ月)
- 事業、法務、財務・税務などのデューディリジェンス対応
- 条件提示
- デューディリジェンスを踏まえた条件提示を受け付け、検討
- 契約書の交渉・締結 (1-2ヶ月)
- 株式譲渡契約書や資産譲渡契約書などを草案、交渉
- クロージング (1ヶ月〜)
- 入金、株券などの引き渡し
合計:最短で6ヶ月程度
2.(売主・買主側)中小型クロスボーダーM&Aの特徴
大型案件では、ディールチームを編成してオークションを通じてなるべく複数の候補が高値で価格を競うよう運営されるのに対して、中小型M&Aでは限られた経営資源で、効率よく柔軟に売却プロセスを進める必要があります。
クロスボーダーM&Aは国内案件よりも以下の点で難易度が高くなります。
- 言語と文化が異なる環境では多大な労力を要する
- 距離と時差がある環境で、売主・買主双方にとって、望ましい相手方を探し出すことの難易度が高い
- デューディリジェンスと交渉を通じて譲渡成立に至ること
- 買収後に期待通りの業績を達成する難しさ
3. 候補探し
国内案件よりも海外案件で適切な相手方を探すことは難しい
(売主側) なるべく複数の候補に並行して検討してもらい、能な限り価格や条件を競ってもらうことが重要で、1対1の相対交渉では売主の最大の優位性である「売主は売却するかどうかと買主を選ぶことができること」を発揮できません。
①候補に提供する情報を一式にまとめ、
②事前に望ましい譲渡先候補を検討して選別した候補をリスト化し、
③同時に打診して複数の候補に同時に検討してもらうよう売却プロセスを運営する
上記をリミテッド(限定)オークションと呼ぶことがあります。様々なチャネルを活用して機密性を維持しつつ幅広い候補に打診します
(買主側)買主にとっては相対で交渉することが望ましいです。時間と資金を投じて検討して提案しても、別の候補に売却されてしまう可能性があるからです。また、複数の買主候補がいる場合、買主側の交渉力は限られます。このため買主はなるべく相対交渉に持ち込みます。
(売主・買主側)直接候補を探すよりも、アドバイザーが代理人となることで、匿名で候補先を探し、直接打診しにくい相手に打診しやすくなり、アドバイザーのチャネルを活用できます。
(売主・買主側)売主はなるべく複数の候補に検討してもらうべきですが、なかなか見つからず、相手方を見出した場合その希少性は高く、その相手との交渉を重視する傾向があります。買主は、買収対象の条件をイメージしていても、候補がすぐに現れることはあまりなく、案件を色々と物色することで時間が経ちます。ひとたび候補が見つかると、何とかその相手と案件を完了したい引力が生じます。双方がそう考える場合案件完了に向けてお互いに努力し、条件を妥結しやすくなります。反面、過度に妥協したり信用しすぎることはリスクとなり、適度に相互に緊張関係があることが望ましいと言えます。
(売主・買主側)相手方が見つかった場合、守秘義務契約を締結し、売主がインフォメーション・メモランダムなどを開示し、マネジメントインタビュー、初期的なQ&Aをを行います。
4.(売主・買主側)価値評価(バリュエーション)
大型案件では売主と買主双方に財務アドバイザーがつき、標準化された方法を軸に価値評価を行うことが多いですが、中型以下の案件では売主と買主の直感、経験則といった数値化しにくく前例と比較しにくい方法で進める(または進めたがる)傾向があり、大企業が手掛ける中小型案件でも費用をあまりかけずに直感的な価値観で評価を行うこともあります。
企業の買収において買主が売主に支払う対価は、譲渡対象の株式価値の評価に基づきます。
企業価値 = 株式価値 + 純負債
M&Aの企業価値評価の方法は様々ですが、最もポピュラーな方法はEBITDA倍率法で、国内外を問わず幅広く使用されています。価格交渉においては、EBITDAの額(キャッシュフロー見通し)と、適用する倍率が主な議論の対象となります。
上記の価値評価の方法は海外でも国内でも違いはありません。
5. 意向表明(Letter of Intent、LOI)の提出
前項の質疑応答と上記価値算定を上記を踏まえ、本格的なデューディリジェンスを行いたい買主候補は、売主に対して一般には意向表明という提案書を提出します。
(買主側)希望価格目線・諸条件の概要を売主に伝える重要なステップとなります。
(売主側)買主の本気度と目線を理解し、次のステップに進むかどうかを見極めます。
6. デューディリジェンス
中小型M&Aのデューディリジェンスは限られた経営資源で効率的に行う必要があります。
(買主側)なるべく短期間で売却対象の事業、財務、会計、税務、法務、環境、IT、組織・人事などを精査し、譲渡対象の状態を理解し、隠れた問題や債務がないかなどをチェックします。中小型案件では予算や人員が限られており、簡素に実施したり、プロセスそのものを省いてしまうこともあります。手続きを簡略化する場合でも、ポイントを押さえた対応が必要となります。
(売主側)一定期間相応の労力を覚悟すべきです。譲渡対象の規模や事業・組織にもよりますが、買主によっては多くの書類やデータなどの情報開示を要求してくることがあり、売主サイドで相当な負担が発生します。アドバイザーなど外部の専門家を起用しても、会社内部の資料集めや開示は売主の社員が対応しなければなりません。
(買主側)クロスボーダーM&Aのデューディリジェンスでは文化の理解も重要となります。買収後に子会社の不正が発覚し、多大な損失やのれんの減損を余儀なくされることや、日本とは異なる常識で運営されていることもあります。異言語の環境の把握は難易度が高くなりますが、十分に理解した上での判断が必要となります。
財務デューディリジェンス
(買主側)譲渡対象の全体像を数字で把握する必要があります。オーナー同士の話し合いだけでは数字面を確認することは難しく、数年間の財務諸表や、売上や費用の明細の開示を請求し、内容を精査することが重要です。経理スタッフや、顧問税理士などのチェックが望まれます。
(売主側)正直で積極的な開示を行うことがリスクを下げます。隠蔽は論外ですが、一度不誠実と疑念を持たれると、買主は買収価格のディスカウントを検討したり、その重要性によっては買収の関心を下げてしまうことがあります。誠実に正直に対応する姿勢を見せることが重要です。
ビジネス・事業デューディリジェンス
(買主側)一般に買主には、売却対象を慎重に評価したいインセンティブがあります。ポジティブなトーンの買主からの情報を精査し、実力を見極める必要があります。また、買主にとってもう一つ重要な要素は買収によるシナジーです。売上・コストの面で評価することとなります。
(売主側)事業性を正しく大きく見せることが大事です。過度に大きく見せようとすると、かえって割り引かれる可能性もあることに注意が必要です。
組織・人材デューディリジェンス
(買主側)買収の成否は人材の定着に左右されます。売主の継続関与も選択肢として、ハードランディングを避け、円滑して買収後の事業を運営する姿勢が望まれます。
(売主側)円滑な承継には後継者教育が重要で、売主も売った後も事業成長してほしいと考えるものです。現地採用の経営者やキーパーソンを育成し、売却後も残留する状態を作っておくことで、案件の成立可能性を高めることにも繋がります。
法務デューディリジェンス
(買主側)係争案件と訴訟リスク、偶発債務、会社や製品の評判など、買手が負担することになる債務やリスクの把握に努める必要があります。
(売主側)不利と思われても問題やリスクは積極的に開示すべきです。一般に買主は売主に対して包括的な表明保証を要求することが多く、なすべき開示を怠ると表明保証違反として譲渡代金を減額されたり保証する義務を負わされかねません。
7. 条件協議
先述の通り、売主は複数の候補を同時に見出せないことが多く、候補が見つかった時点から相対(1対1で)交渉することが多くなります。
価格交渉
(売主・買主側)中小型案件の価値評価におけるEBITDA倍率
当然に売主は高値での売却を目指し、買主は安値での買収を鉄則と考えます。
EBITDAに倍率を乗じて価値算定を行うことが一般的と記載しておりますが、適用する倍率は案件によって大きく異なり、大型案件と比べて中小型案件では低めになりがちです。
中小型案件の価格交渉においては、売主も買主も多くのM&Aの経験を有していないことが多く、ロジックや計算の積み上げよりも直感が重視されることもあります。異なる考え方のまま交渉を行うことがあり、例えば時価評価しか考慮しない売主と簿価評価でしか損益を測ることができない売り手が交渉することもあります。
国内案件もクロスボーダー案件も、この考え方に大きな差はありません。
アーンアウト(対象事業が将来実現する利益に応じた対価の支払い)
譲渡対象の売上や利益の見通しについて異なる見解がある場合、価値評価も異なることになり、合意形成が困難になることがあります。そのような場合に、譲渡価格の支払いを、譲渡時点では比較的少額にとどめ、譲渡後に対象事業が実現する売上や収益に応じて、譲渡時に合意した算式で追加譲渡対価を支払うもので、アーンアウト(Earnout)と呼ばれます。
譲渡代金のエスクロー(第三者寄託)
(買主側)買収代金を全額払い込んでしまうと、後にそれを返還してもらうことは困難です。譲受(買収)対価の一部を一定期間エスクローしておき、表明保証の違反を構成する場合などに寄託した代金を充当する仕組みを使うことも有効と思われます。
(売主側)譲渡対象に瑕疵がなく条件が揃えば対価が支払われる仕組みとなり、売主側にとってもメリットがある仕組みと思われます。
(売主・買主側)クロージング価格調整
譲渡契約締結からクロージングまでの価値変動を譲渡価格に反映するもので、純負債や運転資本の変動が対象となります。
クロージング価格調整を行わないケースもあります。継続事業が譲渡される場合、比較的安定的に事業が推移し、上記純負債・運転資本が大きく変動せず、価格調整の必要性があまりないと考えられる場合、上記のような調整を行わないことがあります。比較的中小型案件では調整しないケースの方も多いと思われます。
8. M&Aにおける主な契約
中小型M&Aにおいて、当事者が大企業ではなくオーナー同士である場合などでは、書類や契約書が軽視されることがあります。言うまでもなく重要なこれらの書類のポイントを理解し、過不足なく対応することが重要です。
クロスボーダー案件の場合、譲渡契約などを当局に届ける必要となることがあり、日本人同士の譲渡においても英文で書類・契約書を作成することが一般的です。専門家を活用して要点を押さえた効率的な対応が必要となります。
守秘義務契約
(売主・買主側)売主は売却対象の機密情報やそれを売却しようとしている事実の漏洩を避けるため、買主が機密情報にアクセスする前に必ずこの契約の締結を要求します。速やかに締結するよう両当事者の対応が望まれます。
基本合意・覚書(MOU)
(売主・買主側)両当事者の理解と条件を書面化する中間合意
協議の過程で、その時点における両当事者の理解や合意内容を基本合意や覚書として書面化します。法的拘束力を持たない場合と、部分的に持たせる場合があります。基本合意書は中間的な意味合いで別途最終合意が必要であることに変わりはありません。
株式譲渡契約
(売主・買主側)株式を譲渡する場合の最終合意
会社などの株式を譲渡する場合、株式譲渡契約書を締結し、譲渡対価・支払方法・クロージング、表明保証・補償、準拠法、紛争解決方法などについて合意します。
資産・事業譲渡契約
(売主・買主側)資産・事業を譲渡する場合の最終合意
資産・事業譲渡の場合、譲渡対象が特定され、リスクを特定できる点が特徴です。株式譲渡の場合、法人の全ての権利義務が承継され、隠れた債務やそのリスクが懸念材料となります。
反面、資産・事業譲渡の場合、一般に法人に紐づく許認可は引き継がれないため、営業にライセンスなどが必要な場合、新たに取得し直す必要があります。
株主間契約
(売主・買主側)売主が持分の一部を継続保有する場合、株主間の権利義務を定義
後述の通り、譲渡後に譲渡対象が円滑に経営されるため、株主変更に伴うショックを緩和するために、売主が持分の一部を継続保有することが望ましい場合があります。その場合、一般に売主は少数持分を保有することがあります。のちの混乱や紛争を避けるために、経営、売主の義務、対価、利益処分、少数持分の処分などについて合意することが望まれます。
対象事業の譲渡に向けて協議している最中は頻繁にコミュニケーションを取り合い、気心も知れて譲渡後も一緒にやりましょうという雰囲気になりやすいですが、譲渡が完了するとその気持ちは冷めがちですので、関係が形骸化しないように、特に買主がイニシアチブをとって関係維持に務めることが望まれます。
業務委託契約
(売主・買主側)譲渡後も売主に譲渡対象への貢献を求める場合に内容と対価を定義
譲渡後、売主が継続して対象会社を経営するケースもあります。売主が譲渡対象のCEOであった場合、譲渡後に買主が即座に代替経営者を派遣できない場合、一定期間売主が継続して譲渡対象を経営することで、円滑な承継を図るものです。この場合、株主間の取り決めを行う必要はありませんが、業務委託契約書を締結し、売主によるサービス、対価などを定義します。
9.(売主・買主側)M&A案件の実現に向けた「時間」の重要性
案件成立に向けて時間の重要性は高く、初期段階で時間をかけ過ぎること、相対交渉やデューディリジェンスに時間をかけすぎるリスクなどがあります。当事者間でコミュニケーションを密に取り、双方が考えや懸念を理解し、早期合意締結に向けた協力が必要です。
10. 譲渡後の経営リスク
(買主側)異なる考え方や価値観を持つ株主に買収・統合されることで、これまでの売上と利益を達成できなくなるリスク、買主が期待するシナジーが達成できないリスクが発生します。クロスボーダーM&Aでは文化・言語・環境・規制などの相違により上記のリスクが増幅します。
(売主側)売却対象を買収する株主は、買収前に売却対象を現地で経営した経験がないことが多く(その基盤を手に入れるために買収することが多いため)、買収後売却対象を経営管理する経営資源を即座に整備することが困難である場合が多いと言えます。その場合、売却後も、完全な売り切りではなくある程度継続して経営していただく枠組みがあることが望ましくなります。
11. (売主・買主側)アドバイザーの活用
買収・売却におけるアドバイザーの役割は、買収先候補・売却先候補を見つける役割と、候補を見出した後、適正な条件で案件を完了に導く支援を行う役割が挙げられます。経験豊富で自信がある売主様・買主様はアドバイザーを起用せずに案件の完遂を目指すこともありますが、先述の通り中小型案件においては両当事者の考え方や価値観の相違が表れやすく、当事者同士では交渉がまとまらないリスクもあります。
アドバイザーの質が重要であることは言うまでもありませんが、大型案件のアドバイザリー業務を多く経験された方でも、大型案件の業界習慣やプロセス運営を中小型案件にそのまま適用しようとして経験則を振りかざし、かえってプロセスの効率性を損ねたり、両当事者間の円滑なコミュニケーションが阻害されてしまうこともあります。
中小型案件では、相手方型候補を見出す機能、当事者に代わり目的達成に向けて行動する代理機能、相手方候補との交渉やデューディリジェンスプロセスを円滑に進める運営機能、譲渡価格など諸条件の検討・交渉を支援する機能に加えて、両当事者の立場の間に入って仲介する支援や、イレギュラーな方法やプロセスでもニーズに合わせた対応が必要となる場合もあり、当事者の目的達成に向けて柔軟に対応を行う能力が求められます。
加えて、海外M&A案件では英語力が必要となります。候補を探す段階、関係を構築する段階、デューディリジェンスを行う段階、交渉を行う段階、契約を締結する過程で、売主又は買主(顧客)に代わりコミュニケーションを行う必要があります。その際に、通訳・翻訳としての役割に加えて、各ステップにおける顧客の要求を実現するために相手方と主張・交渉する役割、譲渡の実現に向けてプロセス進行を促進する役割が求められます。